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「ルナ - ダイヤモンドの君へ - 」

絵:midjourney

物語歌枠『ルナ - ダイヤモンドの君へ - 』

9月24日。
満月がとても綺麗な夜。
私は公園で一人、歌を口ずさみながらブランコを漕いでいた。
最近出たばかりで、聴くと心が少し軽くなって、とても好きだった曲。

歌い終わると、一人の子供が声をかけてきた。

「ねえねえ、歌うまいね。」
「ほんと?ありがとう。」
「よかったら一緒に遊ばない?」
「いいよ、一人でひまだったから。」

当時の私はまだ小さかった。
相手も同じくらいの年のように見えた。
子供同士の出会いなんて、それくらいで十分だった。

私たちは意気投合し、楽しくお話をした。
その子の名前はルナというらしい。
ルナは自分のことを「月の子」と言っていた。
一年に一回、9月の満月の日にだけ人間の世界に来れるらしい。

最初は信じられなかったが、ルナが月の形をしたペンダントを見せてくれた時、その疑念は吹き飛んだ。
それはちょうど今の満月と同じ形をして光っていた。
電気や火の類には見えず、石そのものが光っているようだった。
その光はこれまで見たどんな光とも違う、魔法の光のように見えた。
その不思議な美しさは、ルナが「月の子」であるという話を受け入れるのに十分だった。

ルナは私の歌をとても褒めてくれて、もっとたくさん聴かせてほしいとせがんだ。
私はリクエストに応えて色んな曲を歌った。
特に「月」に関する曲がルナは好きなようだった。
ひとしきり歌ってお話をした後、ルナはそろそろ帰らなきゃ、と切り出した。

「ねえ、次に会ったらまた、歌を聴かせてよ。」
「もちろん。何度だって聴かせるよ。約束。」

ルナは嬉しそうに微笑みながら、夜の闇に消えていった。

2010年9月24日。
これが私が「月の子」……ルナと出会った、最初の日だった。

2018年9月24日。
満月がとても綺麗な夜。

その日も私は公園で歌を口ずさんでいた。
歌詞に「月」が出てくる、私が大好きなアーティストの新曲。
映画の主題歌にもなっている曲だ。
毎年9月の満月の日にルナはこの公園に現れる。
優しく前向きな気持ちになれるこの曲を、ルナにも聴いてほしいと思い、私は歌い始めた。

 

歌い終わると、いつも通りルナが現れた。

「いい曲。やっぱり君は素敵な歌声を持っているね。」

ルナは私と同じように成長していた。
どうやら月の子も年を取るらしい。
初めて会った日から8年。ルナに会った回数は今日でたったの9回目だが、たくさんの話をして、「月の子」のことも色々と教えてもらった。

「月の子」と「月」は二つで一つらしい。
1月~12月にそれぞれ月の子はいて、世界各地にばらばらに現れる。
9月の月の子であるルナはたまたま日本に降り立って、私と出会った。

月が満ちれば満ちるほど月の子の意識ははっきりとする。
こうして体を持って活動できるのは満月の日だけ。
逆に新月の時には、自分が死んだのかと錯覚するくらい意識が全く無いらしい。

「そういえば、なんで満月の日しか体がないの?」
「うーん、上手く言えないけど……月の本来の形がちゃんと見えるのって満月の日だけでしょ?だからその時じゃないと、私の形もはっきりと保てないんだ。」
「ふーん……月の本来の形、か……」

他にも色々と話をして、歌って、その日も別れの時間がやってきた。

「ねえ、次もまた、歌を聴かせてよ。」
「もちろん。何度だって聴かせるよ。約束。」

いつものやり取りをして、二人で微笑んだ。
そんな一年に一回の、少し不思議で楽しい時間。
その終わりが訪れたのは……本当に突然だった。

2025年9月8日。
満月がとても綺麗な夜。
その日も私はルナと過ごしていた。
歌を歌って、ルナが褒めてくれて。
歌った曲は「満ち欠けの詩」。
2025年初頭にネットで人気が出た曲。切なくも感動的なアニメーションMVが特徴だった。
歌い終わった後、私たちはいつも通り話をしていた。
話の最中、ルナは突然切り出した。

「……ごめん、今まで言えなかったことがある。」
「どうしたの?」
「実は、今日でお別れなんだ。今日、何の日か知ってる?」
「えっ……」

2025年9月8日。
今日は……確か、ニュースで見た……

「皆既月食……?」
「そう。皆既月食の日、月の子は生まれ変わるの。」

ルナはそのまま続ける。
皆既月食の日、月が地球の影に全て隠れると同時に、その時の月の子は消える。
そして新しい月の子が生まれる。
その新しい月の子は、ルナとは別人で、日本に現れるかも分からないらしい。
……そういえば、「9月に」「日本で」皆既月食になったことはこれまで一度も無かった。

「なるべく長い間、君とは楽しい時間を一緒に過ごしたかった。
だけど、やっぱり何も言わずに消えても困らせてしまうと思って……ずっと迷ってて……だから……ごめん。」
「……ううん……」

私は何て返していいのか分からなかった。
その後は歌うことも話すこともなく、沈黙が流れた。
いつも別れる時間が来た辺りで何とか「楽しかったよ、ありがとう。」とだけ伝えた。
ルナは寂しそうに微笑んだ。

「……ねえ、次もまた、歌を聴かせてよ。」
「……もちろん。何度だって聴かせるよ。約束。」

何て言ったらいいか分からない、だけど薄暗くて大きな感情を押しのけるように、私たちはいつものやり取りをした。
これで最後だなんて、すぐには受け入れられなかった。

 

だけどそれっきり、ルナは現れなかった。
次の年も、その次の年も。

私は毎年9月、公園で新しい「月」の歌を口ずさんだ。
その時その時の好きな歌を。流行りの歌を。
「月光とオーケストラ」も
「フラジール・サテライト」も
「夢月」も。

もしかしたらルナが聴いてくれてるんじゃないかって、声をかけてくれるんじゃないかって思って歌った。
だけどその願いは叶わなかった。
私は心に真っ黒な大きな穴が空いたのを感じた。
月の子が生まれ変わる……他の場所でまた新しい子が生まれる……
そんなこと言ったって、私にとってのルナはあの子だけだ。
私の「月」は、輝きを失って真っ黒になってしまったのだ。

 

2035年9月2日。
あれからルナには一度も会えなかった。
毎年、9月の満月の日に公園に行っているが、一度も。

二度と会えないことをいい加減受け入れるべきだったのだろうが、私は何となく諦めきれなかった。
それは一筋の光が見える気がしていたからだ。

私は……ルナが言っていたことを思い出していた。
「月の子」と「月」は二つで一つ。
体を持って活動できるのは満月の日だけ。
それは、月の本来の形が見えるのは満月だけだから……

……言い換えるなら、「月の本来の形」が見える時ならば、ルナはまた現れるのではないだろうか?

……歌っている間、確かに感じた。
ルナの笑顔を。褒めてくれる声を。
ダイヤモンドよりも美しく光る、その輪郭を。

私の心には真っ黒な穴が空いた。
だけど私達が一緒に過ごした思い出で縁取れば、その存在は消えはしない。
いや、消させはしない。

「ねえ、次もまた、歌を聴かせてよ。」
「もちろん。何度だって聴かせるよ。約束。」

 

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