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「星明かりの花畑 ED ver. 」

物語歌枠『星の王子さまのような星』

……目を開ける。どうやら随分長い間眠っていたようだ。
頭がぼんやりしている。ここはどこだ……ぼくは何をしていた……?
うまく思考ができない。ここに至るまでの経緯を思い出そうとしても、記憶が見当たらない。

ひとまず辺りを見回してみる。
たくさんの機械があって、無機質で……何やら宇宙船の内部のような場所だ。

軋む体を何とか持ち上げる。
起きることはできた。
だが体は鉛のように重く、動くのには難儀した。

辺りを探索してみたが、この「宇宙船」は驚くほど小さかった。
部屋は二つだけ。
一つは自分が眠っていた部屋。
大きめの座席が様々な機器類に囲まれている。
どうやらぼくはこの座席に座って眠っていたようだ。

もう一つは、起きた時、正面奥に見えていた部屋。
まず、一番奥に見えていた窓に近づいた。

 

……これは……
驚きを何とか心の奥に押し込んで、外を覗く。
外は暗く、かすかに砂漠のような、荒地のような景色が見えている。
一体どこなのだろうと辺りを観察しようとしたが、目印になりそうなものは何もなかった。

もしここが宇宙船の中だとして、どこか別の星に来ているのだろうか。
一体なぜ?ぼくは元いた星に帰れるのだろうか?
いや、そもそもぼくは元々どこにいたのか……

そんなことを考えながら探索を続けると、大きな扉を見つけた。
見た目からして、外に繋がっている出入口だと思われる。
だがロックがかかっているようで、開くことはできなかった。

扉の横には、恐らく音声を認識する装置があった。
音のパスワードで開くタイプの扉だろうか?
だがパスワードなんて何も思い当たらない。数字?それとも言葉……?
ダメ元で声を出そうとしてみる。
だが声の出し方が分からず、全く出ない。

ぼくは閉じ込められている……?この狭い空間の中に……一人で……?
不安で胸が冷え切って、まるで自分の体温が無いように感じる。

さて……どうしたものか。
扉から目を離し、辺りを探ってみると、一冊の本を見つけた。
表紙と厚さの感じからして、手帳か日記だろうか?
ページを捲ってみると、一ページ目には絵が描いてあった。

三つ葉の……クローバー……?
その時、どこからともなく音が聞こえてきた。

これは……メロディ……?
チープで不格好で、どこか懐かしいような電子音。
聴いていると、少し安心するような、何かを思い出しそうな……
そこまで考えた時、視界が真っ白な光に包まれた。
更に、音と風景の記憶が流れ込んできた。

 

「三つ葉のクローバーの花言葉って知ってる?」
きみは足元のクローバーを一つ拾い上げてそう言った。
「いいや。」
「愛、希望、信頼。それが葉っぱ一枚ずつの意味。
で、四つ葉のクローバーが、愛情、希望、信頼、幸福。
つまり、四枚目の葉に、幸福の意味があるんだよ。」
「へえ、知らなかった。それにしても無いね、四つ葉のクローバー。」
「まったくだよ。それを探しにはるばる来たって言うのにさ。」
「……ぼくらの幸せって、どこにあるんだろうね。こんな星に生まれてさ。」

 

……確かなイメージが頭の中に蘇った。
ガラスの曇りが取れるように、記憶の彼方で霞んでいた景色が明瞭になった。

そうだ、ぼくは”きみ”と親友だった。
場所は……詳しくは分からないが、とにかくクローバーが複数生えている場所だ。
ぼくらは四つ葉のクローバーを探していた。
だが見つけることができず、落胆を紛らわすように話をしていた。
クローバーの花言葉は「愛」「希望」「信頼」そして「幸福」……。

断片的な思い出。だが蘇った時の心の昂りで分かる。
不安で冷え切った胸が暖まるのを感じる。
そうだ、ぼくはきみとの思い出を「愛」していたんだ。
このクローバーの絵を見た時聞こえたメロディは、「愛のメロディ」と呼ぶべき響きを確かに含んでいた。

 

クローバーの絵の横には、さっき思い出した四つ葉探しの思い出のことが書かれていた。
花言葉の話も文中にあった。
ぼくの思い出は確かに存在した出来事だったんだ。
もちろんこの日記に書かれていることが事実である保証はどこにもない。
だが記憶が無い状態というのは、ひどく空虚で不安だ。
そんな中では、たとえ嘘だとしても、心の支えとなるものが一つでも欲しかった。

ぼくはこの不安を拭うべく、更にページをめくった。
すると今度は風景画が描かれたページがあった。
荒廃した岩肌の土地に枯れた植物がわずかに生え、空は薄い灰色をしていた。
生命の躍動をほとんど感じないその景色は、ぼくが先ほど「宇宙船」の窓から見た景色と少し似ていた。
だが地面や空など各所に注目して見ると少しずつ違っていた。
この風景画とここは、同じ場所ではないような気がする。

……と、そこまで考えた辺りで、またメロディが聞こえてきた。

 

先ほどの「愛のメロディ」と同じ電子音。
感情などこもっていないような音なのに、胸の奥から湧き立つものを感じる。
気持ちが上向きに、未来へと向かっていくような……
その躍動に身を任せるように、脳内の記憶を探る。
思い出せ、思い出せ……

すると、先ほどと同じように視界は真っ白な光に包まれた。
同時に流れ込んできたのはやはり、音と風景の記憶。

 

ぼくらは地球に住んでいた。

「人類の地球の外への移住を進めて参ります。」

画面の中で偉い人が言っていた。

 

どうやら地球は、最早人類が住み続けられる星ではないらしい。
理由は色々ある。
星の資源を掘り尽くしたとか、戦争で使われた兵器が土壌を汚染して耕地面積が減ったとか、
隕石の衝突のせいで月の軌道がかわって、引力の影響で天候がおかしくなったとか。

そういったものが積み重なって、やがて取り返せないくらい大きな歪みになってしまったらしい。
一部がたわんだ絨毯を、そこだけ押さえて伸ばすように、世界は何とかごまかし存続してきた。
だがあくまで全部応急処置であり、端に追いやったたわみは蓄積されていた。

とにかく、ぼくらの星は荒廃していた。
ほとんど青と灰色の星。天然の草原なんてものはほとんど残っていなかった。
だからクローバーの群生地はかなり珍しかった

ぼくらはそんな中、本で読んだ幸せの象徴「四つ葉のクローバー」を探しにきた。
大昔の人は草むらで四つ葉のクローバー探しをしたらしい。
緑に溢れていた当時でも、なかなか見つかるものではなかったようだ。

 

「希望」なんてどこにもない景色で生まれ育ったぼくらは、何か形ある「希望」を見つけたかったのだ。
それを今、思い出した。
このメロディを聴いた時、心に湧き立った小さくも確かな情動。
その正体は「希望」。
この旋律を、ぼくは自然と「希望のメロディ」と名付けていた。

 

確かな形の「希望」を探す、小さな冒険……。
その旅の末、ぼくらはやっとの思いでクローバーの群生地を見つけた。
そこで四つ葉探しをしたが、いくら探しても見つからなかったわけだ。

 

「それにしても無いね、四つ葉のクローバー。」
「まったくだよ。それを探しにはるばる来たって言うのにさ。」
「……ぼくらの本当の幸せって、どこにあるんだろうね。こんな星に生まれてさ。」
「あるとしたら、目に見えないところじゃないかなあ。たとえば、ほら。」

 

きみは空を見上げた。
僕も一緒に見上げる。

 

この星の空は大気汚染で塵やガスだらけになっており、夜空を見上げても星なんて一つも見えなかった。
だけどきみが何を指しているかは分かった。


「宇宙……他の星か。」
「……ねぇ、一緒に宇宙に行こうって言ったら、どう?」

……そうだ、地球に「希望」を失っていたぼくらは、宇宙に「希望」を見出したんだ。

……こういったことを思い出すのに十分な文章が、日記には書かれていた。
ぽっかりと空いていた心の穴が、少しずつ埋まっていくのを感じる。
記憶のパズルのピースが一つずつはまっていく。
その度に、最初目を覚ました時から抱いていた不安は、小さくなっていく。

再びページを読み進める。
日記はその後数十ページ続いた。
だが新しいピースとなるような内容はなかなか現れなかった。
まだぼくは、ぼくのことを十分に思い出せていない。
一番重要な、「なぜ、どうやってここに来たのか?」がまだ分かっていないのだ。
それが分からない限り、この宇宙船からは出られないのではないだろうか……?
そんな予感が胸の内に渦巻いていた。

残りのページが少なくなると共に焦りを感じる。
だが大事な文章を見落とす訳にもいかないので、慎重に読み進める。
そしてついに……一番最後のページにたどり着いた。
最後のページには文章は書かれていなかった。
その代わりに、一輪の花が挟まっていた。

 

それは……小さなバラだった。

バラ……この花はぼくにとって、とても大事な花だった気がする。
なぜ……?ぼくにとって、きみにとって、これはどんな意味を持っていた?
どんな時に、どんな状況で、どんな感情で、この花を見た……?
思い出すんだ……。

……少しずつ、記憶を縛っていた鎖がほぐれていくような予感。
それはやがて、確かな感覚となって、ぼくの脳内に光を照らした。
そして……メロディが聞こえてきた。

 

……最初から変わらず、不格好で懐かしい電子音。
その響きは「愛のメロディ」とも「希望のメロディ」とも違う。
確信を持って地に降りてゆくような、しっかりとした安心感を与えてくれる旋律だった。

……真っ白な光と、その後に着いてきた記憶が、ぼくの目の前にビジョンを作った。

 

「……ねぇ、一緒に宇宙に行こうって言ったら、どうする?」
「急にどうしたの?」

……思い当たる節はあった。
地球では、新しい星を開拓するための宇宙船を定期的に打ち上げていた。
その乗組員は常時募集されていた。

 

星開拓のやり方はシンプルだ。
宇宙船に乗り込み、星に到着するまで途方もない時間を待ち続ける。
そして到着した星から、地球に向けて信号を送る。
人類がその信号をキャッチし、移住候補にする。
数年で信号が返ってくるかもしれないし、数万年かかるかもしれない。
だがやらないよりは良い。

それは人類存亡を賭けた一大プロジェクトというわけでもなく、
たくさんあった対策案の枝葉の一つに過ぎなかった。

「こうするんだ。二人で宇宙船の乗組員に志願する。
もし新しい星にたどり着けたらお互いの好きな花を最初に植える。
そう約束して、絶対に決めておく。
そしたらどうだ、星空のどれかに、自分の好きな花が咲いてるって、それをきみが植えて世話をしてくれてるんだって思いながら、星空を眺められる。
すると全部の星に花が咲いているように見えてくる。
星空がたちまち花畑になるんだ。これってきっと幸せだよ。」

「いいね、その話乗った。じゃあ好きな花を言おうか。せーのでいくよ。せーのっ」

 

……

ぼくときみは宇宙船の乗組員に志願した。
お互いがきっと素敵な星にたどり着いて、花を植えてくれると「信頼」していたから。
先ほどこのメロディから感じた、確かな安心感。
それは「信頼」の感情に他ならない。
「信頼のメロディ」。そう呼ぶに相応しい響きを、その旋律は持っていた。

……ぼくらが乗り込む宇宙船は一人乗りだった。
理由はシンプル。
広大な宇宙で星にぶつかる確率を少しでも上げるべく、宇宙船の数を増やすためだ。
要は物量作戦。だが、無限とも言われる宇宙の前では、その意味も無いに等しい気もするが……

そして……長い長い時間の宇宙の旅に耐えるため、乗組員はロボットになる必要がある。
ぼくらは脳から意識と最低限の記憶を抽出され、それはロボットに移植された。
元の肉体がどうなるかは分からない。
一応、冷凍保存されるといったようなことは聞かされたが、全員の体を保存するためにかかるコストなんて想像がつかない。
実際のところ本当に保管されているのか、疑わしいところだった。
だがそんなことは、ぼくらには些細なことだった。

宇宙船に乗り込んだ、「ぼくら」となったロボットは、スリープモードに移行する。
あとはどこかしらの星に到着するまで待つだけ。
何年も、もしかしたら何百年、何万年も……。

 

そう、ぼくはロボットだった。
この「宇宙船」で最初に窓に近づいた時、ぼくは窓に映った自分の姿を見て気付いていた。

 

“……これは……
驚きを何とか心の奥に押し込んで、外を覗く。”

“体は鉛のように重く、動くのには難儀した。”
“ダメ元で声を出そうとしてみる。だが声の出し方が分からず、全く出ない。”
“不安で胸が冷え切って、まるで自分の体温が無いように感じる。”

 

そして……
過去を思い出す度に、どこからともなく聞こえてきた電子音……
今なら分かる。
この音を出していたのはぼく自身だ。
チープで不格好で、どこか懐かしいような電子音。
それはロボットになって声帯を失ったぼくの、せめてもの「歌声」だったんだ。

「愛のメロディ」「希望のメロディ」「信頼のメロディ」……
これらのメロディによって呼び起こされたぼくの記憶は、ひとつながりの、ぼくときみの物語だった。
その物語は今、この瞬間へと繋がった。
「ひとつながりの」物語……だったら……

気付くとぼくは、心の流れるままに、自然とこれまでのメロディを合わせて歌っていた。
感情など微塵も乗らない電子音。
だけど代わりに「愛」「希望」「信頼」そして、きみとの思い出を乗せたメロディを。

……「宇宙船」の扉の横の音声認識装置。
そのロックが解除される音が、部屋の中に響いた。
今、「宇宙船」の出入口は開いたのだ。
ぼくは外に出た。

そこには一面の砂漠が広がっていた。
一見すると、幸せなんてどこにも見えないような景色。


これが、ぼくがたどり着いた星。

「愛」も「希望」も「信頼」も、ここでは目に見えない。
だけど、ここに花を植えて、それを想うきみの笑顔を想像すると、幸せになるのだ。

空を見上げると、満天の星空。
この中にきみがいて、きっと花を植えているのだと考えると、たしかに星空が一面花畑に感じるのだ。

ぼくは一本のバラを植えた。

きみとの思い出を「愛」しているから。
きみの存在に「希望」を抱いているから。
きみとの約束を「信頼」しているから。

だからこそ、その時ぼくの胸に溢れていたのは、確かに「幸福」の感情だった。

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