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「アクアマリンの星」

絵:小夜セレネ

物語歌枠『アクアマリンの星』

“宝石アクアマリンの神”──私はそう呼ばれてきた。

この薄青の宝石で出来た体と、殺風景な真っ白の星。
私が持っているのはこれだけ。
それ以外には何もない。

私はここで、何のために生きているのだろう。

 

ある日、ふと思った。
「私は空の一部になれないだろうか?」
この体の薄青も、よく見れば空とそっくりだ。
「空色」とも呼べるのではないだろうか。

 

私は自分の体を削ってみた。
体の輪郭を全て削れば、空に溶け込めると思ったから。
実際削ってみると、その部分は水となって下へ落ちていった。

削った部分は、すぐに新しい宝石が生えてきて、再生してしまった。
もう一度試してみたが、結果は同じ。
削っては再生し、削っては再生し……

 

そのうち、私から削れ落ちた水はどんどん星に溜まっていった。

……

それから……長い、永い年月が経った。
 

ついに星は一面が水で覆われて、海ができた。
だが未だに、私の輪郭は無くならず、空と溶け合うこともできていなかった。

──私は今日も、この果てしない青に一滴を落とす。

 

かつて真っ白な更地だった星は、今は私から削れ落ちた水により、果てしない海が広がる星となった。
最も、それ以外には何もないので、殺風景な星であることには変わりはない。

 

私──アクアマリンは、宝石アクアマリンの神として生まれた。
ここは「神」という生物の住む世界。
どこか遠くの世界──元世界と呼ぼう──に存在する物体や概念から、神は生み出される。

私は元世界の「アクアマリン」という宝石に対応する神というわけだ。
神の役割は、新たな世界を生み出すこと。
私たち神が新たな世界を生み出せば、その世界に生まれた物体からまた新たな神が誕生する。
そのような生存戦略で私たちは、生物としての数と生息域を広げてきた。

要するに、神足るもの、世界創造をして神話と成らなければならないのだ。
だが私には、どのような世界を作ればいいのか、そもそも私にどんな世界が作れるのかが分からない。
自分の存在意義が分からないのだ。

アクアマリンという宝石が存在する世界には、宝石毎に「石言葉」というものがあるらしい。
アクアマリンの石言葉は「聡明」と「沈着」。
神の性質には元世界の概念が大きく影響する。
私は、意味など考えずひたむきに生きるには聡明過ぎたし、目の前の生を謳歌するには冷静沈着過ぎた。

 

……そんな、幾度となく巡らせてきた思考に浸っていると、私を呼ぶ声がした。
 

#エメラルド
「や、こんにちは。アクアマリン。」

 

#アクアマリン
「……エメラルド。」

 

彼はエメラルド。
私と同じ元世界に存在する、エメラルドという宝石から生まれた神だ。
似た概念の神同士は、近い場所に配置されるので話す機会も多い。
だからこれまでにもこのように出くわすことは何度かあった。

 

#エメラルド
「聞いてよ。僕、ようやく自分の世界を創り始めたんだ。」

 

#アクアマリン
「そうなんだ。どんな世界なの?」

#エメラルド
「風の世界だよ。自由に動き続ける風の流れをずっと観察し続けるんだ。
いくら見てても飽きないんだよ。
それに、流れに乗っていけば新しい所に行ける。
運が良ければ、流れ着く先に幸福があるかもしれない。
そんな希望をずっと抱きながら過ごせる世界なんだ。」

 

#アクアマリン
「……へえ、素敵だね。」

 

#エメラルド
「でしょ?そうだ、アクアマリンにも僕の世界の欠片をあげるよ。」

 

#アクアマリン
「世界の欠片を?どうして?」

 

#エメラルド
「君はずっと、どんな世界を作るか悩んでいただろう?それは心が止まっているからだと思ったんだ。
まるで、ここらに広がっている、波紋が一つも無い水面のように。
僕の欠片を使って、そこに風を吹かせれば、波紋を広げれば、違う景色が見えるかもしれないよ。
そしたら、君の創る世界も見えてくるかも。」

 

#アクアマリン
「……たしかに、そうかもしれないね。ありがとう。もらっておくよ。」

 

エメラルドが差し出した「欠片」は指先ほどに小さく、美しい緑色だった。
手に握りしめてみると、辺りに風が吹き始めた。

 

錯覚や幻などではない。確かに、辺りの水面は揺れ出していた。
私を包んでいる、静止していた空間。それは穏やかなものではあったが、同時に空虚でもあった。
だが今、私を取り巻いている空間の流れは、これまで感じたことのない心地よい心の揺らぎを呼び起こしていた。

……

ひとしきり感触に浸った後、私はエメラルドに軽く別れを告げた。
エメラルドは満足した様子で去っていった。
彼は彼の世界を存在意義にして、これから生きていくのだろう。

私は新しく生まれたらしい「風の世界」に思いを馳せて、また私を削り、新たな一滴を星へと落とした。
いつもなら目立つその波紋も、今は風による無数の波紋の中にあっという間に消えていった。

 

また、長い時間が経った。
ちょうど、この星の一面を水で覆いつくした時と同じくらいの時間だろうか。
だが、今回はその時よりもずっと長く感じた。
それは多分、世界がディテールを遥かに増したから。

エメラルドが与えてくれた風は、無数と呼べるほど豊かな波紋を見せてくれた。
私はそれを毎日眺めていた。
以前は何も考えることがなく、ただ自分を削って落とす日々だったが、今は一つ、考えることが増えた。

悪くない気分だった。
自分の存在意義についての根本の悩みが消えたわけではなかったが、それでも出口の無い思考に翻弄される時間は減っていた。

そんな日々を過ごしていると、また一人、話しかけてくる者がいた。

 

#アンバー
「よぉ、元気か?アクアマリン。」

 

#アクアマリン
「……アンバー?久しぶりね。」

 

彼女はアンバー。琥珀から生まれた神だ。
元世界では、琥珀はアクアマリンよりも昔の時代からあった宝石らしい。
だから、こちらの世界でもアンバーは私より先に生まれており、私が初めて出会った時には既に自分の創造した世界を持っていた。

 

#アンバー
「あぁ。私の世界もすっかり成熟して暇が出来たのでな。他の所を見て回っているんだ。」

#アクアマリン
「アンバーの世界……確か、”大地の世界”だったかしら?」

 

#アンバー
「そうだ。しばらくの間は、大地が広がっていく様子を眺めるのが楽しみだったが、この頃は世界のほとんどが大地で埋まったから、あまり変化がないんだ。
まぁ、その状態こそが私の望んだものであり、幸せでもあるんだがな。」

 

#アクアマリン
「ねえ、アンバーはどうして大地の世界を作ったの?」

 

#アンバー
「それはな、私もお前と同じだったんだよ、アクアマリン。
私もどんな世界を作っていいのか分からなかったし、自分の存在意義も見つからなかったんだ。」

 

#アクアマリン
「へえ……そんなにしっかりしているアンバーが?意外だった。」

 

#アンバー
「でも考えたんだ。全ての存在は、そこに在って空間を満たしているだけ。
そこにあるのは事実だけで、それ以上のものは望まなくても良い。
だから、ただそこに在る安心感をくれる物が欲しかったんだよ。
それが私にとっては”大地”だったということだ。」

 

#アクアマリン
「ただ、そこに在って空間を満たしているだけ……なるほどね。」

 

#アンバー
「どうだ?お前はあれから、自分の存在意義は見つけたのか?」

 

#アクアマリン
「いいえ。少し変化はあったけれど、見つかったと言えば何も……。前と変わらない、自分を削る日々を送っているわ。」

 

#アンバー
「そうか……なら、私の世界の欠片をお前に渡そう。お前さえよければ、ここにある一面の海に、大地を添えてはみないか?
お前が自分の存在意義とやらを見つけようと見つけまいと、私はいつでもお前の心の足元に、ただ存在して土台になりたいと思う。」

 

#アクアマリン
「……それは素敵かもしれないわね。ありがとう、受け取っておく。」

 

アンバーが渡してくれた「欠片」。色は黄金色で、エメラルドとは違う、不規則ながらも甘く穏やかな輝きを帯びていた。
手に握りしめてみると、辺りに地の底から湧き上がるエネルギーを感じた。

 

みるみるうちに、海の底で真っ白だった地面は土と砂に覆われてゆき、陸は隆起し、海の上に顔を出し、大地を作っていった。
改めて周りを見渡してみると、そこには「世界」に近いものが広がっていた。
一面が真っ白だった時、そして海だった時、その景色はただの「平面」だった。

 

だが今、海と大地が、蒼と黄褐色が、膨大なエントロピーを伴って混ざり合い、ランダムな景色を見せていた。
そしてそこに吹く風は、海に波紋を作り、大地の砂埃を舞い上げ、景色の揺らぎを三次元方向にも広げていた。

私はアンバーに別れと感謝を告げた後、しばらくその景色に浸っていた。
目の前に広がっているこれは、「世界」と呼んでもよいものに思えた。
だが、何か足りない気がする。これが私の世界?これが私の存在意義?
確かにこの「世界」は美しい。だけど、この世界は私そのものではない。

エメラルドも、アンバーも、二人が創造した世界は、二人そのものを表しているようだった。
二人は世界と溶け合っていた。
だがこの海は、溶け合うどころか、私から分離したものだ。

 

それに、私は空とも溶け合えていない。
自分をいくら削っても、新しく生えてくる体。
それはまるで、世界から溶け合うことを拒否されているようだった。

 

ある日、話しかけてくる者がいた。
 

#ラピスラズリ
「アクアマリン、お元気ですか?」

 

#アクアマリン
「……ラピスラズリ……」

 

彼女はラピスラズリの神様。私が成りたいもの……「空」の世界を一足先に作った神だ。
空の世界は、他の世界とは少し勝手が違う。
空は全ての世界を繋ぐもの。だから、風の世界や大地の世界と違って、ここと別個に存在する世界ではないのだ。
私の頭上に広がっているこの空。これ自体が、彼女の空の世界の一部なのだ。

 

そう、なぜ私が空に溶け合えないのか、本当は分かっていた。
それは、既に空の神は存在していたからだ。そこの席は、最初から埋まっていた。

彼女の蒼は、私の青よりも深く、そして体中に散らばる金色は無数の星だった。
彼女は私が作ることのできる「空の青」だけでなく、「宇宙の蒼」も持っていた。
私よりも「空」に相応しい彼女がいるにも関わらず、私は私の青を活かせる他のものを見つけることができなかった。
だから、せめてその一部になろうとして、自分を削り始めたのだ。

 

#アクアマリン
「私は、君が……」

 

#ラピスラズリ
「……全て知っています。私は空から、あなたのことをずっと見ていましたから。」

 

#アクアマリン
「……そっか。恥ずかしい所を見られてしまったね。
こんなに長い間、自分というものを見つけられず、ただただ自分を削り続けて……」

 

#ラピスラズリ
「……今日は、あなたに教えたいことがあって来たんです。」

 

#アクアマリン
「教えたいこと……?」

 

#ラピスラズリ
「はい。私の外にある宇宙という空間。
あれは無限にも等しい広がりを持っている場所。そこをずっと探していました。
あなたの世界創造の手掛かりになるものがないかと思って。
そしてついに見つけたのです。
あなたのような美しい青色を持った海を、宇宙の遥か彼方で。」

 

#アクアマリン
「私のような青色の……海……。」

 

#ラピスラズリ
「きっと、あなたの青色は空の一部などではないんです。
あなたの青色は、もしかしたら海の青色なのではないですか?
あなたを拒まない青が、空以外にあるのではないでしょうか?」

 

#アクアマリン
……私の青が、海の青色……。
そうか、私には、これまでずっと作り続けてきたこの海がある。
この海の青色は、私の青色と同じだ。
私は空の一部になど最初からなり得なかった。
だけど、私の一部から生まれたこの海こそ、私が溶け合うことのできる青だ。
私はこの海の一部として、私を溶け込ませれば良いんだ。

 

#アクアマリン
「……ありがとう、ラピスラズリ。私がやるべきことが、分かった気がする。
君と、君が見つけた宇宙の遥か彼方の青い星に、感謝を送るよ。」

 

#ラピスラズリ
「そう、それならよかったです。
他の神のように、世界のひと欠片を渡そうとも思っていましたが……もう必要なさそうですね。
私の空はいつでもあなたを見守っていますし、それに、あなたは自分の中でもう答えに辿り着いているようです。」

そう言って、ラピスラズリは別れを告げて去っていった。
彼女の言う通り、私の中で一つの答えは出ていた。
これまで出会った神達が全員持っている共通点は、自分の存在を、自分の世界に溶け合わせ、その身を委ねていること。
そのためには、今までにない勇気と、一歩が必要なのだ。
私は、私をとにかく削っていれば、形が勝手に世界に溶け込んでくれることを期待していた。
だけどそれは存在意義にはなり得なかった。
誰かの一部になるのではなく、自分が自分の一部となること。
自分に、自分の最も大事な”核”を委ねて、自分と一つになること。
それが私に足りなかったことだ。

 

そう……私が削るべきは輪郭などではなかったのだ。
逆に、最も内側の部分……体の中心。
自分に向き合うことが無かったこれまでは気付かなかった、淡く輝く結晶体。
この”核”を、果てしない海に落として委ねること。
それが私が私になるための最後の一歩だったのだ。
私は自らの核を削り、海へと放った。

──私は今日も、この果てしない青に一滴を落とす。

 


そして、長い長い年月が過ぎました。
ある日、海の規則的な揺れに逆らう一つのものが現れました。
それは「生命」。
アクアマリンの核は、海に溶け込むに留まらず、それ自体が生命の始まりと成ったのです。

更に途方もない年月が過ぎた頃、この星はこう呼ばれることとなりました。

「■■」と。
 

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